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インフルエンザに感染した話

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 2月3日の 「節分」 が過ぎました。 家や土地などの不動産の購入を考えている方で 「契約は節分を過ぎてから」 と、おっしゃる方がいらっしゃいました。 「なんでだろう?」 以前はそんなふうに思っていました。 よくよく調べると東洋占術の 「四柱推命」 や 「九星気学」 という占いの中では、 「節分」 を境に 「運気の元旦」 になるという考え方があるそうです。 冬から春への転換点でもある 「節分」 停滞していた運気が明けて、幸運が訪れると考える方もいらっしゃいます。 また、 「節分」 には 「鬼は外」 の言葉通り、旧年の 「邪気」 を払うので、清くなった状態で契約を結びたいという心理も働くようです。 私たちはよく 「節分」 には恵方巻をいただきますが、その年の吉方位は 「節分」 を境に切り替わります。 「今の時期に動くと凶方位だけど、節分を過ぎれば吉方位に変わる」 というケースもあり、そのために 「節分」 まで待つという考え方が生まれるのでしょう。 よく占いなどでは 「時期」 を重視しますが、不動産は 「一期一会」 の要素が強いことも事実です。 「節分を待っていると、理想の物件を逃してしまう」 といったリスクも負います。 物件との出会いも運気の一部です。 そんな場合は、 「節分」 を 「契約日」 ではなく、実際に住み始める 「入居日」 や 「決済日」 にすることをお勧めします。 運気を逃さず、お客様の最良のタイミングで不動産を購入できる最良の方法のひとつだと思います。 不動産の購入は、多くの人にとっては人生において、そう何度もあることではありません。 不安や疑念は、あって当たり前だと思います。 そんな時、お客様に寄り添い、その方の最良のタイミングを導き出すことも、私たち不動産業に関わる者の使命だと考えています。   さて、何を隠そうこの私は、 「四柱推命」 で調べると、この 「節分」 を境に運気が爆上がりするらしいのです。 今まで悩んでいたことが、嘘のように晴れるのは間違いないようです。 それを喜んだ矢先に、 「インフルエンザ」 に感染しました。 私の年齢で 「インフルエンザ」 に感染するということは、重症化も視野にいれなくてはなりません。 しかし、どうしたことか3日寝てたら治りました。 やはり運気は上がっているようです。 めでたしめでたし

古典落語を覚えた話

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 母が亡くなって7年目になるので 「七回忌の法要」 を営みました。 以前なら親戚やご近所にも声をかけたうえで、大人数で行うのですが、コロナ禍以降、すべてが質素になり、私の姉弟と、母の兄の子、私のいとこの2人に参加していただいて、5人だけで質素に執り行いました。 「法要」 は自宅で行いました。 遠方から来た姉が、私が念入りに掃除したあとから、重ねて掃除を始めました。 「よくこんなきたないところで法事ができるね」 姉の嫌味とも𠮟責ともとれる言葉を聞きながら、私は黙ったまま姉の手伝いをしました。 「冠婚葬祭」 という言葉があります。 「冠」 は成人式 「婚」 は結婚式 「葬」 はお葬式 「祭」 はお祭り 昭和の初め頃までは、結婚式やお葬式の行事は自宅で執り行うことがほとんどでした。 ふすまや建具を取り払い、自宅に大広間を設えます。 そこにお膳を並べ、何十人もの人を招くのです。 男たちは酒を飲み、大声で話し、女性は料理を運んだり、お酌をしたりしていました。 平成になるころには、もうそうした行事を自宅で行うことは、ほどんどなくなりました。 平成以前は、日当たりの良い南側に、和室2間を続間で造る家はとても多かったと記憶しています。 それは自宅に大勢の人を招いてさまざまな行事に対応するためでした。 床の間には掛け軸をかざり、床柱には 「銘木」 を設えました。 玄関は広く、土間も広く取りました。 それが家に対する考え方としてあったのです。 しかし、もうその価値観は廃れました。 定刻になって和尚さんが来て、少しの法話の後、お経がはじまりました。 最初は 「正座」 で耐えていた私も、20分もすると限界がきて、痺れた足を崩しました。 「法要」 が終わり、姉弟やいとこたちと昔話をしました。 母が嫁入りした時の写真を、みんなで一緒に見ました。 母の結婚式は自宅で行われました。 花嫁衣裳を着た母が映る白黒写真には、22歳の母がいました。 今のように、ホテルや結婚式場で行われる結婚式や披露宴ではなく、家で質素でささやかな結婚式を挙げた母は、このときどんな思いでいたのでしょう。 母は亡くなる前の2年間、下半身が麻痺してしまい、歩くことはおろかベッドから起き上がることもできなくなりました。 認知症ではなかったので、母はときどき 「外を歩きたい」 と言って、感情をぶつけるように泣きました。 ...