牛の絵を描いた話
小学校1年生の時の担任だった「N先生」から、1枚のはがきが届きました。
教員を退職し、ご主人を亡くされてから、長く一人暮らしをされてきた「N先生」でしたが、今度住んでいた自宅を引き払い、老人施設に入所することになったというお知らせが書かれていました。
毎年「N先生」とは年賀状を交換していましたが、それも今年で止めにしましょうとも書かれています。
それは私にとって、寂しくせつないお便りでした。
「N先生」は、私の死んだ母より年上でしたから、もう90歳は超えています。
「N先生」は歯が丈夫で、数年前にお会いしたときは、「まだ全部自分の歯だ」と自慢していらっしゃいました。
そんな「N先生」も、もうひとりで生きることに限界を感じられたのでしょう。
あれは小学校1年生の2学期の頃だったと思います。
記憶にのこる「N先生」とのエピソードに、1枚の「牛」の絵があります。
私の通った小学校は、田舎の小さな小学校で、同級生も20人だけでした。
ある日の授業で「N先生」が、近くの農家へ私たちクラス全員を連れていきました。
そこで私たちは大きな「牛」を見たのです。
教室に戻ってから「N先生」は、みんなに今見た「牛」の絵を描くように言いました。
「おっきく描きなさい」
「N先生」はそう言いました。
描き始めた誰かの絵を見て、
「こんなんじゃない!もっともっと大きく」
「今見た牛はもっと大きかったでしょ!」
「N先生」は私たちを、まるで鼓舞するように言いました。
私はそんな「N先生」の指導に従い、見てきた「牛」をできるだけ大きく描こうと思いました。
みんなが画用紙を「横」にして描いているところに、私だけ画用紙を「縦」に使いました。
そして画用紙いっぱいに「牛」の「首と頭」だけ書いたのです。
私の絵は、「町の展覧会」で入選しました。
そして生まれてはじめて「賞状」なるものをいただきました。
母はよろこんで、ご近所中に触れ回りました。
このとき私は、人生で初めて「承認欲求」が満たされました。
私の家は笑顔に包まれました。
不思議なもので、私は今でもその時描いた「牛」の絵をはっきり覚えているのです。
昨日あったことも忘れてしまうのに、小学1年のときの「牛」の絵を覚えているのです。
私はそれはN先生が「ほめる」先生だったからだと思っています。
私たちの子ども時分は、まだ体罰は当たり前でしたし、男の先生が怖くて近くに行くとドキドキしていました。
しかし、「N先生」は違いました。みんなををよくほめてくれたのです。
ほめられて有頂天になった私は、楽しい少年時代を送りました。
数年前、私は「N先生」を訪ねました。
そのとき、先生はまだ、あのときの「牛」の絵を覚えていました。
「あんたの絵は、私の教え子の中で1番上手かった」
もう誰もほめてくれなくなったのに、先生はまだ私をほめてくれるのです。
郵便受けに届いた「N先生」のはがきは印刷でしたが、下に小さく万年筆で書かれた直筆のメッセージが添えられていました。
私はそれを読んで少し泣きました。
「N先生」が入所する老人施設が
先生にとってやすらげる良い場所でありますようにと、祈るばかりです。
コメント
きっと感謝のお言葉だったはずです✨
このお話を読ませていただいて久しぶりに恩師に会いたくなりました。
「元気を出すように」 といった意味のお言葉でした。
いつまでも生徒でいられるというか、甘えられるというか、そんな感じです。
先生のメッセージには、数年前に他界した私の両親へのお悔やみと、今後も力を落とさずがんばるようにといった言葉が綴られていました。
また思い出すだけで、涙が出ます。